【讀書雜感】岩井俊二原案‧乙一著 - 花與愛麗絲殺人事件(花とアリス殺人事件)

花とアリス殺人事件

最近在看小說版的《花與愛麗絲殺人事件》。是岩井俊二的《花與愛麗絲》的前傳動畫《花與愛麗絲殺人事件》,由乙一執筆的小說版。兩部電影都很不錯,這本小說也很好看。

會被吸引去看是因為介紹的一句「全世界規模最小的殺人事件」,不然光看到書名有殺人事件還真是興致缺缺XD。雖然身為乙一粉絲會先盲目的幫乙一加二十分,但在看之前還是有點擔心先看過電影會有雛鳥情節,也擔心有既定原案會讓乙一的獨特性無法發揮⋯⋯完全不會,很喜歡!

整本書裡最喜歡「薛丁格的貓」的譬喻。劇情一部分是女主角之一的「花」害了一個男孩,但不知道他是生是死,所以有以下兩段內心獨白:

彼は生きているのだろうか。一年以上もの間、かんがえないようにしていたことだ。おそろしい事実なら、しらないままのほうがいい。彼の生死にまつわる情報が耳に入ってこないよう、気をつけながら生きていた。外の世界とできるかぎりの断絶をしていたのはそのためだ。シュレディンガーの猫という言葉がある。箱をあけるまでは、中にいる猫が死んでいるとも生きているともわからない状態。どちらの可能性ものこされている世界。私はその世界を守っている。
他還活著嗎?超過一年以上的時間,我都避免去思考這件事。如果真相很嚇人,那倒不如不要知道得好。我努力不讓任何與他的生死有關的消息傳入耳裡,小心翼翼地繼續生活,拚命讓自己與世隔絕也是出於此原因。有個叫「薛丁格的貓」的理論,在還沒打開箱子前,你無法得知裡頭的貓是死是活。我一直守護著的,就是像這樣兩種可能性並存的世界。

しらないままでいるほうがずっといい。彼が生きているのか、死んでいるのか、わからない状態をたもつ。シュレディンガーの猫だ。箱を開けなければ、そのなかに閉じこめた猫は、生きているとも言えるし、死んでいるとも言える。それとおなじだ。生きている状態と、死んでいる状態が、重なっているままにしておけば、自分の罪も確定することはない。
保持不知道就好。我維持著不知道他是生是死的狀態。就像薛丁格的貓,只要不打開箱子,你可以說關在箱子裡的貓是活的,也可以說牠是死的。這就跟那個是一樣的,當活著與死去的狀態重疊一起,自己的罪也能遲遲不定讞。

好像很多東西都可以適用這個理論。暗戀也是一樣,只要不去確認就永遠不會出局(又或是說本來就在局外?)

電影版《花與愛麗絲》預告:



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